スポーツ界におけるジェンダー平等を考える(後編)~女性スポーツ先導者の視点~

    • インタビュー

スポーツにおけるジェンダー平等の推進を目的とした事業、「ASEAN-Japan Workshop on Promoting Gender Equality in Sports」が東京2020大会期間中に開催されました。本事業は、日本政府がスポーツ協力を進めているASEAN10か国を対象としたもので、今回、このワークショップの担当者である、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授の小笠原悦子先生と、スポーツ健康科学部助教の野口亜弥先生にお話を伺いました。

女性スポーツにおけるこれまでの歴史と変革

女性スポーツにおける世界の動向を間近で目にしてきた、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科教授の小笠原悦子先生。小笠原先生は、同大学女性スポーツ研究センターのセンター長も務めており、日本における女性スポーツ研究の第一人者といえます。

1994年、第1回世界女性スポーツ会議がイギリスのブライトンで開かれ、スポーツのあらゆる局面における女性の参加に価値を見出すことを目標とした「ブライトン宣言」が出されました。このとき、国際女性スポーツワーキングループ(IWG)も作られています。
オハイオ州立大学でスポーツマネジメントの博士号を取得した小笠原先生は、97年に帰国。女性スポーツに起こっている大きなムーブメントをその目で確かめるために、98年にIWGの会議が開かれたアフリカのナミビアへ。パワフルな会議を目の当たりにして大きな刺激を受けた小笠原先生は、女性スポーツにかかる取り組みを積極的に行うようになり、自らNPO法人ジュース(JWS:Japanese Association for Women in Sport)を立ち上げます。

スポーツにおけるジェンダー平等と社会のジェンダー平等は関連性を持って議論されることがこれまであまり多くありませんでした。しかしながら、2012年のIOC世界女性スポーツ会議の成果文書である「ロサンゼルス宣言」に、UN Womenとの連携を強化していく方向性が示され、UN WomenとIOCのパートナーシップ協定が結ばれました。それ以降、UN Womenもスポーツを通じたジェンダー平等に対して積極的に啓発を行っています。

2014年当時の日本は、ヨーロッパ各国に比べると、まだまだこうしたムーブメントに乗り切れていなかったようです。「これだけ世界の勢いが加速しているのに、それらを知らないまま東京でオリンピック・パラリンピックを迎えるのには懸念がありました」と、小笠原先生は語ります。
しかし、IWGの会議に日本からの参加者がまったくいなかった時代を見てきている小笠原先生は、「ブライトン・プラス・ヘルシンキ 2014 宣言」に、スポーツ庁をはじめ日本の主要5団体が署名したこと、さらに2018年にボツワナで開催された第7回IWG会議で、当時の鈴木大地長官が、日本の女性アスリート支援について基調講演を行うのを見て、「とても感慨深かった」と目を細めます。

同記事は、スポーツ庁Web広報マガジン「DEPORTARE(デポルターレ)」に掲載されたものを編集・紹介したものです。
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